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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

夜離れ(11)
※相変わらずの青空文庫形式です※
※もうちょっとだ踏ん張れ私!※
夜離れ(11)

「……どういうことなのです?」モニカは呆然と呟き、そして再び、「どういうことなのです、シュウ様!?」今度は力強く叫んだ。
「あなたも私を利用しようとしたのは一緒でしょう?」
「利用ではありません! わたくしはシュウ様の足枷となるのであれば、精霊に仕えるのも止む無しと考えたのですわ! わたくしがいる限りあちらの方々は、わたくしを求め続けるのでしょう! それでしたらいっそ――」
「想い出が欲しいというのであれば、それもまた私の利用であるでしょう?」シュウは微笑む。微笑んで目の前に立つモニカの髪を掴む。掴んで、引き寄せて、そして耳元に囁いた。「あなたは知っているでしょう。私が何を一番この世で厭うかを」
 一瞬にしてモニカの身体が硬直する。直後には小刻みに震え始めた。自分が何をしでかしてしまったのかを、ようやく気付かされたといった様子だった。それでも彼女は元王族のプライドか、決して退こうとしないのだ。
「乙女心ですわ。ささやかな」
「大胆不敵なあなたに敬意を表しますよ。ささやかと言うには無謀でしたがね」
 柔らかい栗色の髪の毛から手を離して、シュウは喉の奥で嗤った。くっくっく……と辺りに響く自らの笑い声を聴きながら、モニカを見遣る。それをやりきれなさそうな表情で、彼女は見ることしかできないのだ。僅かに二歩、三歩と後じさり、まるでシュウの言葉を待つように直立したままで。
 無力感に苛まれているのだろう。してはならないことをしてしまったと、今更に気付いても遅い。
 だからといってシュウは怒ってはいないのだ。切り捨てなくなっただけ、自分も年齢を重ねたのだろう。かつての自分だったら容易く彼女を切り捨てていたに違いない。それが重ねた歳月の結果であるというのであれば、それもまた運命と受け入れる。全てに抗って、無駄に抵抗を重ねるほど、自分はもう青くはないのだ。
「だから利用するのですよ、あなたを。あなたに利用される覚悟さえあれば、あなたのささやかな望みとやらも叶うでしょう」
「残酷な方……!」口唇の端を噛んで、モニカが叫ぶ。
 自ら求めることには貪欲でありながら、他人の悪意には敏感なモニカに、彼女らしいとシュウは感心する。そうやって彼女は無邪気に他人を傷付け続けるのだ。自らの落ち度に気付くことなく。
「最高の褒め言葉ですよ、モニカ。善良なる元王家の聖女」
 彼女に相応しいこれ以上の言葉を、シュウは知らない。
 降りしきる雨音を聴きながら、マサキはベッドの中、再び眠れぬ夜を過ごしていた。
 日中に身体を殆ど動かさないからだろう。気が昂り易くなっている。
 スープ、サラダ、メインディッシュにチキンソテー。そしてライスにデザートのフルーツ……皿とフォークを渡してくれさえすればいい、とマサキは言ったのだ。それだのに。主人はどれも自らフォークを取って、マサキの口に運んだ。
 掴めば食べられるものであったからか、エリザは手を側に運んでくれるだけだった。それを手ずから食べさせられ続けて、マサキが何も感じないだろうと思っているのだとすれば、余程の楽観主義者《オプティミスト》か富豪《ボンボン》だ。
 恐らくは、医療の心得がある者として、ただマサキの現状を見かねただけなのだろう。その職業意識がエリザに全てを任せるのをよしとしなかったのだ。それが証拠に、エリザは主人のそういった態度が日常的なものであるというようなことを言っていたではないか。それだけのことなのだ――と、思いきろうとしても、思いきれない。
 未練と予感がある。六か月。六か月の不在を、まさか情すらなかった関係だったからだと思いたくない。
 それだったらセニアの言葉に従って会いにいけばいいだろうとも思う。けれどもそれでは違うのだ。会いに行って、腹の膨れた元王女の側に立つあの男と会って、それで自分は納得できるのか? それはマサキの知らないあの男なのに。
 知らない顔を見たくないだけなのかも知れない。でもどうせ現実を突き付けられるのであれば、自分のよく知るあの男に、自分の馴染んだあの男に、このどうしようもない未練と予感を叩き潰して欲しいのだ。そう、完膚なきまでに叩き潰されて、その上で新たな未来へ足を踏み出したい……我儘な欲求だと我ながら思う。不条理な話は世の中にいくらだって転がっている。そのひとつに過ぎない。それが偶々、自分の身に振りかかっただけだとも。
 寝返りを打つ。
 マサキの胸をざわめかせる非日常。目が見えない。迷い込んだ別荘。これだってよくある不条理のひとつに過ぎないだろうに。それに対応できてこその魔装機操者でもあるだろうに。そう思う。思うけれどもざわめく胸が、そのざわめきを止めようとしないのは、マサキがある現実に直面してしまったからだった。
 声を聴いたのだ。
 主人の、低く、囁くような声を。
 それは何度も耳に降ってきたあの男の声に似ているといえば似ていたし、似ていないといえば似ていなくも感じられた声だった。
 人間とは思った以上に視覚に判断を頼っている生き物らしい。その姿が見えないだけで、声の判別すら付かなくなるのだから。幽霊の正体見たり枯れ尾花とも言うだろう。今は、主人の姿を見られないからこそそう感じることが多いだけで、現実に主人の姿を目の当たりにしたら、その似ていなさに愕然とするに違いないのだ……そんなことはわかっているのに。
 わかってはいても、素直に自分の疑心を受け入れようと思えない。主人はまるで、エリザの目を盗むようにして、マサキの耳元に囁いた。内容は大したことではない。ただ「遠慮をせずに」と、だけ。
 主人の行動に戸惑い、気後れしてしまったマサキに気を遣っただけなのだ。自身も食事を取りながら、指先でその都度文字を書き続けるのは難儀だろう。それが証拠に彼は、食事の最中にそれしか言葉を発しなかった。後はひたすらに、エリザが主人の言葉を代弁するかのように話し続けただけだった。
「ああ……やってらんねぇ……」
 闇の中でひとり愚痴る。足に絡んだシーツを蹴って剥がす。身体を包み込む柔らかい感触の布団を抱き締めて、マサキは何日目の独り寝を、ただ耐える。


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