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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

夜離れ(13)
本日はここまでにしとうございます。
夜離れ(13)

 朝を迎える頃には、降りしきった雨も止み、眩いばかりの陽光が室内に差し込んでいた。
 夜半にあれだけ感情を昂ぶらせていた割には、何かの弾みにマサキは眠りに落ちてしまっていたらしい。シャッ……カーテンを開く音に、きびきびと動き回る靴音。ぼんやりとした脳は、未だ目覚めには至れないようだ。数日とはいえ、運動不足も祟っているのだろう。ベッドに深く沈んで身動きするのも大儀そうな自らの身体に、マサキは枕の上、頭だけ動かして音の方向に視線を向けた。
 どうせ今日も見えはしまい……そう思いながらも、習い性というやつだ。今までの生活習慣をそう簡単に変えられはしない。
 だが、そこには、驚くべき光景が広がっていた。
 おおきくぼやけて輪郭を曖昧なものとしてしまってはいたが、視界に色の塊が存在している……壁の奥に並んでいる茶色い塊は、恐らく家具……側面に白く輝いているのは、恐らくレースのカーテン……中央に幅を利かせているU字の黒い塊は、恐らく革張りのソファ……そう推測できるぐらいに、マサキの世界に色が溢れ出したのだ。
 その色の塊の中で動き回る白と黒の細長い物体は、オーソドックスなメイドの衣装に身を包んだエリザなのだろう。「おはようございます、マサキ様」その介助を受けながら、ベッドの上に身体を起こす。「雨も止み、よい天気にございます。もし、マサキ様がよろしいとお感じになるのであれば、朝食の後にでも、運動を兼ねてお庭をご案内させて頂きます」
 端近のエリザをまじまじと見遣る。衣装に肌や頭髪がどうかして見えるのは、まだ自分の視力がそこまで回復していないからだろうか……それとも、彼女の肌質や髪質がそういったものであるからだろうか……そこまで考えて、マサキはふと、この事実を口にせずに目の見えないふりをし続けたらどうなるだろうかと妄想した。そう。そうすれば、謎多きこの館の主人の素性もはっきりするではないか! しかも、ああだこうだと妄想を逞しくして眠れぬ夜を過ごすよりも、その方がいっそ自分らしい!
「どうなさいましたか? そんなにわたくしをまじまじとご覧になられて……」
 不躾なマサキの視線に晒されたエリザは、そこでマサキの回復に思い至ってしまったようだった。はっと息を呑むと、
「もしやマサキ様、目が」
 しまったとマサキが後悔しても、時既に遅し。
「あ、いや、はっきりとは見えないんだが」
 準備もなしに歯の浮くような嘘を並べ立てられないマサキは、正直にそう答えてしまってから、根が善良にできている自分に胸の内で舌を打った。「色の塊みたいなもので、その、顔とか模様とかは全く見えないんだ」その返答に、見えない世界の色の塊でしかないエリザが、ふうっと緊張をほぐし、笑顔を浮かべて見せたように感じられた。
「それでも昨日までのご様子に比べましたら、顔に生気が宿ったように感じられます」
 エリザの立場からすれば当然の感想にマサキは苦笑しつつ、主人にそれを伝える為に出て行った彼女の背中を見送った。派閥の付き合い故に、マサキに正体がばれないよう用心しなければならない立場の主人は、この報せを聞いてどう動くだろう。――のそりと、ベッドから這い出て、マサキは室内を自分ひとりで一周してみた。足元に邪魔になるもので、マサキが色を判別できないものはないらしい。外を歩くには不安の多い色の塊の世界だが、この限られた空間を動き回るのには、問題がないことを確認できてマサキは安堵する。
 
 ――もしかしたら、もう主人の姿を見ることはなくなるのかも知れない。
 
 それを寂しいことと思いながら、それでも深入りする前でよかったのだと、自分を納得させられる程度の付き合いだったことに感謝をしながら、マサキはソファの端に腰掛け、エリザの戻りを待った。


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