※相変わらずの青空文庫形式です※
※恐らくまだ半分を超えていません※
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夜離れ(6)
――自分でありながら、自分が遠い。
勿論、モニカとサフィーネ。二人の女の会話には女だからこその強かな計算もあっただろう。そうした”他人に聞かれることを前提とした話”を耳にしたところで、参考になる部分は少ないものだ。だからこそ、モニカが自分の態度をどう感じたか知りたくもあったけれども、シュウは敢えてサフィーネにその内容を問うことを控えた。
――夢の世界に居るようだ。
そうしてシュウが物思いに耽りながら、ぼんやりと手紙を読むサフィーネを眺めていると、一通り目を通し終わったのだろう。手紙から顔を上げたサフィーネが、「いかがなさるおつもりですの」と、声を発した。
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そのままシュウは、またもソファで寝てしまったらしかった。日をさして空けずにのシュウのていたらくに、顔を顰めたサフィーネにベッドで休むように咎められはしたものの、興奮限りないシュウはそれを耳に留める気もなく。忠言を無視されたサフィーネは、更に何かを言いたげだったが、言っても聞かぬ想い人。しかも大いに扱いの難しい性格の男が相手とあっては、それ以上、言葉を継ごうとは思えなかったようだ。曖昧な微笑を浮かべ、黙ってキッチンに向かおうとする。それをシュウは呼び止めて、言った。
「先日は手間をかけました。モニカも落ち着いたようで、あなたには感謝していますよ」
「光栄の至りにございます」
シュウはサイドテーブルの上に、引き出しから取り出したイヴンからの手紙を置いた。サフィーネが掃除のついでに発見するのを待つつもりでいたが、だからといって、必ずしも彼女がその中身に目を落とすとは限らないことに思い至ったからだった。
サフィーネは他のこと――特にシュウの趣味嗜好に際しては、プライバシーの侵害も厭わずに詮索する場面が多々見受けられたものの、シュウの理想や目的に絡むことに関しては、打って変わった慎重な態度を見せる。都度、シュウが不快感を露わにしてきたからだろう。彼女はそうした面に関しては、詮索せずとも察するという技術を身に付けたようだった。
「わたくしが見ても宜しいのですか? イヴン様からの親書にございましょう」
「構いませんよ。あなたの意見を聞きたいのです」
モニカと話をしたサフィーネが、どこまでモニカから話を聞いたのか、シュウは敢えてサフィーネに聞きはしなかった。それはある意味同じ立場にいる女同士だからこそ、通じ合える内容のものであった筈だ。訊けばシュウに絶対忠誠を誓っているサフィーネは答えてくれるだろうし、モニカとてそのくらいの展開は織り込み済みで話をしているに違いない。だからこそ、わざわざ訊くのは憚られた。
それは自分が絡んでいるからこその気まずさでもあった。醜態では済まされない姿を晒してしまった……覚悟、或いは欲望の発露に至っての主体的な性行為であったのなら、あんなにも心乱れはしなかった。シュウとて既に青年期を迎えて久しいのだ。女性に対して初心でいられるほどの数え切れる性行為の経験しかないとは言わない。心理的外傷《トラウマ》があるからこそ、むしろ経験を深め、その過去を乗り越えんとしてきたのだ。
だのにあの動揺。何か心の琴線に触れるシチュエーションであったのだろうか。と、過去の記憶を振り返ってみれば、そこまで怖れを感じるような出来事ではなかったような気がしてくるのだから、人間の記憶の現れ方は不思議なものだ。
暗い部屋。熱い吐息。圧し掛かってくる身体の重み。モニカに迫られた瞬間には、明瞭《はっき》りとの内に浮かんだ過去の映像も、今となってはおぼろげにしか浮かばない。
ふと気が緩むと、そうした記憶の数々が、自分が経験した出来事ではなく、自分の脳が作りだした幻のように思えてくる。
――自分でありながら、自分が遠い。
勿論、モニカとサフィーネ。二人の女の会話には女だからこその強かな計算もあっただろう。そうした”他人に聞かれることを前提とした話”を耳にしたところで、参考になる部分は少ないものだ。だからこそ、モニカが自分の態度をどう感じたか知りたくもあったけれども、シュウは敢えてサフィーネにその内容を問うことを控えた。
――夢の世界に居るようだ。
そうしてシュウが物思いに耽りながら、ぼんやりと手紙を読むサフィーネを眺めていると、一通り目を通し終わったのだろう。手紙から顔を上げたサフィーネが、「いかがなさるおつもりですの」と、声を発した。
「あなたの見立てでは、モニカはどう出ると思いますか」
「つれないお方」シュウから縁談の話を勧めるつもりであるとサフィーネは察したのだろう。艶然と微笑《わら》ってみせると、「それでもそれがシュウ様の目的を果たす手段に成り得るというのであれば、あの高潔なる元王女様は、きっと喜んでその身を捧げるのでしょうね」
「あなたはそれでもいいと?」
「面白くはありませんわね。そもそもが王家の傲慢が招いた事態。余計な力を持たせ過ぎるのは、ハンデを与えるにしてもやり過ぎかと。それともシュウ様としましては、あの甘ったれた理想論を語る小娘の顔を絶望に歪ませたいのでしょうか。それがシュウ様のお心を慰める手段であるというのであれば、わたくしと致しましては、ただそのご命令に従うまでにございますが」
「あなたは口が悪くていらっしゃる」
「照れ隠しではありませんのよ。ただ、シュウ様がどういったお考えなのかが、読めないものですから。敵に塩を送っていかがなさるおつもりなのかと」
「私を使うと言ったら?」サフィーネは、一瞬、口唇《くちびる》を深く結ぶと、シュウの顔を暫しまじまじと見下ろした。そして様々に考えを巡らせたのだろう。ややあって、彼女は声を上げて高く笑うと、「素敵なご計画ですこと! 求められてのこと、ですものねぇ。随分とわたくしどもも信用されたようで、何よりです。しかし、警戒される方も多くおられましょう」
そして身を乗り出すと、細くしなやかな指でシュウの頬を捉える。
「その為の駒にございます。どうぞいかなりとご命令を」
結局のところ、彼女は残忍な己の欲望が満たされれば幸福なのだ。シュウはサフィーネに微笑み返し、そっと声を控えてそれを告げた。
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