※今回は短いです※
夜離れ(8)
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主人曰く、既に薬剤が溶け込んでしまっている以上、”気休め”程度にしかならないらしい目の洗浄を行ったマサキは、そのまま乞われるがまま、地上世界の文化やこれまでの大戦での活躍、魔装機操者の日常生活などについて様々に話をした。
指先でのコミュニケーションは、感情を量りかねる部分も多かったし、せっかちなきらいのあるマサキを偶にもどかしく感じさせたものの、主人の穏やかな性格も手伝って、お互いの意志の疎通に影響を与えるほどの不都合は感じさせなかった。
「俺たちの日常生活なんて面白くもなんともないと思うけどな」
『知りたいのですよ』
地上世界の文化については、マサキが育ちや年齢的に大衆文化に詳しかったからだろう。地底世界のどちらかというと前時代的な嗜好とは異なる文化の発達具合に、主人は非常に興味をそそられたらしかった。加えて、彼は魔装機計画に好ましい印象を抱いていないらしい派閥に属しているようだったけれども、野蛮とも揶揄されることも多い地上人――わけても、魔装機操者には親しみを感じているようだった。あれもこれもと問われては、それに細かく答えているうちに、いつの間にか時刻が夜を迎えてしまったらしい。
「お食事をお持ち致しました」
ドアをノックする音。ワゴンを引いているのだろう。ゆっくりとしたエリザの足音に、小さな車輪の回る音が重なる。
「急なことでしたので、目が見えなくともあまり不自由なく食べられるものが、サンドイッチぐらいしか用意できなかったのですが」
「充分だ。悪いな、部屋まで運んで貰って」
『では、私はこれで』食事が届いたのを契機に、主人は座を辞すつもりのようだ。場所柄、一緒に食べる訳にもいかないのだろう。ここは恐らく客室か。別荘がどういった造りになっているのかはわからないが、食堂ぐらいはあるだろう。『興味深い話をありがとうございました』
彼が立ち上がる気配と共に、ワゴンが脇に運ばれてくる音がする。今日は一日をベッドで過ごすことになりそうだ――と、マサキは思う。後でトイレの場所ぐらいは教えて貰って、自力で行けるようにならないとな……身動きままならない身体だからこそ仕方ないこととはいえ、限られた場所での生活が窮屈に感じられてしまうのは、放浪を常とする己の性分なのだろう。
エリザの介助を受けながら食事を進め、マサキはこの別荘の主人について考える。
貴族連中というのはああいったものだ。わかっている。むしろ、ここの主人は魔装機に対して好意的なだけあって、物腰が柔らかい。魔装機計画に物思う連中や、地上人を蔑視する連中の中には、特権階級意識もあるのだろう。魔装機操者は自分たちの手足であるとかんがえているきらいがある。そうれだけならまだ可愛げがあるのだ。どうかすると、直接話をするような相手ではないとこちらを見下して、会話の全てを使用人任せにすることだってある。そうした態度の宜しくない輩に比べたら、充分を通り越して過分なぐらいの扱いをマサキは受けているだろう。
だが、だからこその主人の態度がマサキの感情を煽る。
柔い節ばった手。並んで座ったときの頭の位置。指先を通じて伝わってくる言葉の数々。その話し方。どれを取っても似ていると。
胸の奥がチリチリと痛む。
だからこそ、求められるがままとりとめない話を続けてしまったのだ。他に自分の感情をやり過ごす方法が、目の見えない自分には何もなかったからこそ。
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