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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

静かなる決戦
「ありえない話をしようか」で始まり、「知らないふりが上手くなる」がどこかに入って、「手のひらがひどく熱かった」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したもの。マサキへの気持ちを詰められる白河のお話。お題改変アリ。

取り敢えず今回の持ち込みはここまでです。後はまた溜まったら持ってきます!更新再開した時にログ追うの大変になってしまいますし。と、いうことで本文へどうぞ!
<静かなる決戦>

「有り得ない話をしようか、シュウ」
 鋭角的な細身の形状《フォルム》も攻撃的な炎の魔装機神の操者は、自身もまた攻撃的な面差しでシュウを見据えてくると、そう言葉を吐いた。
 堅物という表現が相応しい彼は、平時は厳めしい顔付きで黙していることも多いと聞く。それがいざ戦いとなれば、何かの回路が開かれたかのように好戦的になるのだそうだ。切り替えの早い男は、自らが口を開くべき場面を知っているのだろう。語らぬ男が口を開くというのは、それだけ重要な場面と彼自身が感じているからでもある。
 しかし、今は……と、シュウはモニターの向こう側に映る彼の顔を、努めて冷ややかに凝視《みつ》めていた。
 サフィーネから聞いていたスポット。彼が良くひとりで訓練に励んでいる豊かな地形に恵まれた土地に、シュウが足を運んだのは、決して彼と世間話をする為ではなかった。
 自らの目的を阻む可能性がある魔装機操者たちの動向を探る……共闘出来ればそれに越したことのない彼らは、時として善意からシュウの行動を阻むことがあった。それは遠く離れていた道が交わる頃には敵として立ちはだかるまでに、両者を隔たったものだった。だからこそ、稀に起こる|不慮の出来事《アクシデント》でいらぬ誤解を受けるのを最小限に留めておきたいシュウにとって、彼らの動静を把握しようとするのは理に適った行動だった。
 それには自身を含めた魔装機操者たちの動静を、冷静に分析出来る人間との接触《コンタクト》が必要だった。
 その役割をシュウはヤンロンに求めた。彼であれば自分が姿を現わしたことやその意味を、他の魔装機操者たちに大っぴらに語って聞かせるような真似もしまい。理由などその程度のもの。他に深い意味はない筈だった。
 ――珍しいこともある。お前が僕の前に易々と姿を現わしてみせることなど、そうそうない事態だ。
 シュウとグランゾンの姿を目にした彼は居丈高に構えてそう口を開いてみせると、近況を尋ねたシュウに対して、「そういった話をしたいのではあるまい」と察しの良さそうな言葉を吐いてみせたものだ。続く言葉に期待をしてしまったシュウを誰が笑えよう。だのに彼が放った言葉は、よもやの仮定。自らの思惑とは離れた方向に話を展開させるつもりらしい彼に、どう言葉を続けるつもりなのかと、好奇心を擽られたシュウは成り行きを見守ることとした。
 回りくどくも勿体ぶった物言いを常とするのは、己も同じ。似通った側面を持つ相手に対して、その言葉を遮ってみたところで、得られるものなど何もない。一聴にして難解な理論も、砕いてみれば案外真理を語っているものだ。だからこそ、シュウは辛抱強く彼の話に耳を傾けるつもりでいたのに。
 だのに、彼は不敵に笑ってみせると、次の瞬間。こうシュウに語りかけてきた。
「マサキがお前に気を許すようになったとして、だ」
 突然に飛び出したその名前に、シュウの胸は騒がずにいられない。
 マサキ=アンドー。あの健やかなる少年は、その眩いばかりの直情さで以ってシュウの心を挫くのだ。それは決して本意ではなかった野望を打ち砕かれたあの日から、ずっと。何度も何度も目にしては、羨望の眼差しを向けずにいられないマサキの強さ。目指していた夢の具現がそこにある。その現実は無情にもシュウの自信を打ち砕いてくれたものだ。
 ――とはいえ、私はマサキにはなれない。
 当たり前の事実。緩やかに受け入れていった現実に、だからこそシュウは、マサキの力が世界に及ぼす影響に期待こそすれ、自らに対する感情の変化には期待をしまいと決めた。何せ、顔を合わせれば跳ねっ返りの強い性格が黙っていることを良しとしないのだろう。マサキはシュウに噛み付いてばかり。余程、シュウの存在が気に障るとみえる。
 それも仕方のなきこと。シュウは多くのものをマサキから奪ってしまった自覚がある。
 それなのに、何を考えたものか。シュウが密やかに期待をしてしまっている内なる願望に、まるで気付いているかのように彼《ヤンロン》は言葉を吐いてみせたではないか。
 マサキが自分に気を許すことなど有り得ない。いたたまれない気持ちを抱えてしまったシュウは言下にそう否定したくもあったが、彼が既に口にしていること。逃げ場を失くしたシュウは仕方なしに、ええ、とだけ応えた。
 そのシュウの声に待っていたかのように、彼は言葉を継ぐ。
「お前はそのマサキとどういった関係を構築したいと思う? 友人か、師弟か。それとも今と変わりなく、付かず離れずの関係でいるのか。それとも……」
 そこで言葉を切った彼は不条理にも、シュウに対する好戦的な態度を崩すこともなく。まるで自らの思惑を悟らせまいとしているかのように、挑戦的な眼差しで見据えてくる。
 何故かはわからないが、彼はシュウを敵と見做している。しかもそれは元々の立場の違いに由来するものではなく、マサキという少年を挟んでのことであるらしい。
 そこまで考えを及ばせたシュウは微かに溜息を洩らした。
 仮定の話であるとはいえ、彼の問いはシュウの言葉を詰まらせた。今日の彼は何か心に秘めたるものがありそうだ。そうである以上、シュウの気持ちは迂闊に口に乗せていいものではない。
 許されるのであれば、その側近くに存在していたい。
 自らが抱える心の闇。後悔と悔恨が限りなくとも、未だ胸の奥に巣食っている俗物根性《スノビズム》。捻くれた己の根性を自ら叩き直すには根気が要る。シュウはひと思いにそこから解き放たれたかった。長く教団にいたことで培われてしまった認知と精神は、未だにその思想に絡め取られている。
 マサキならばきっと払ってくれることだろう。
 そう、シュウは期待してしまっている。マサキの素直な魂が抱えている激しいまでの希望の光は、ヴォルクルスの闇をも打ち払ってみせたではないか。その残滓に雁字搦めに囚われているシュウを解き放つことぐらい、あの少年であれば易いことであろう。
「――有り得ない仮定の話に結論を求めることほど、愚かなこともないでしょう」
 だからこそシュウは、そう口にせずにはいられなかった。
 心の奥底に隠している渇望をシュウは誰にも悟らせたくはない。限りのない執着心を、自らより遥かに年若いあの少年に抱き続けているなどと、誰が好んで他人に知られたいと思うだろう。シュウは自らの異常性を認識しているのだ。それをわざわざ口にするなど愚の骨頂。そのぐらいには世間を見る目を養ったつもりでいる。
「その割には苦々しい表情をしているものだが」
 彼は云って、まあいいと呟く。何を考えての問いだったのかを語る気はないようだ。そのまま苦笑しきりで暫くシュウの言葉を待つかのように黙っていた彼は、ふと思い付いた様子でこう言葉を繋げた。
「マサキはお前が思っているほど、お前を嫌ってはいないと僕は思うがな」
「マサキのあの態度を見ていてそう思うのだとしたら、あなたは余程の捻くれ者ですね」
「そうだろうか」モニターに映っている表情がが、どこか寂し気に映る笑みを浮かべる。「当て推量で物を云うほど、僕は耄碌しているつもりはない。そもそも、知らぬは当事者ばかりとは良く云ったものだろう。それでもお前は、マサキが本気で自分を嫌っていると思うのか」
 思っているのだ、シュウは。けれどもそれをどう云い表せば、目の前の男にわからせられたものか。
 結局、シュウは沈黙を答えとするしかなくなった。
 そのまま、暫くシュウの返事を待っていた彼は、シュウからのリアクションがないことに、だからといって不満を感じた訳ではなさそうだ。彼はひとり、何事か納得した様子を見せると、
「まあ、自らの感情に知らない振りが上手くなるのは悪い事ばかりでもない。お前も人間だったということだな、シュウ」
 まるでシュウが自らの感情に見て見ぬ振りをしているかのような彼の物云いに、そんなことは決して――と、焦って言葉を吐きかけたシュウは、そこで冷静さを取り戻すと続く言葉を飲み込んだ。もしかしたら彼の指摘は正鵠を射ているのやも知れない。シュウは自問自答した。己は果たしてマサキに対する自らの感情を、どこまで正確に把握しているのか。その答えをシュウは知るのが怖かった。
 執着心の行き着く果てには何がある?
 ただ救いを求めるだけなら、側に立ちたいと望む必要などないのだ。だのにシュウはマサキの側に立ちたいと望んでしまっている。それはマサキの仲間である魔装機操者と肩を並べたいといった単純な欲望ではなかった。誰よりも近くに在りたい。シュウは彼ら以上の縁を得たいのだ。
 胸の奥に深く沈めた渇望が、ゆっくりと心の蓋を押し広げる。
 シュウは操縦席に沈めている自らの身体を、更に深く沈めた。絶望的な思いで、モニターの向こう側。何事もなかったかのように今日の用件を尋ねてくる彼の顔を見遣る。そうだ、私は――……今日ここに足を運んだのも、もしかしたら彼と共にマサキがいるのではないかといった期待があったから。
 ささやかな繋がりでいい。シュウはマサキの存在を感じたかった。
 気付いてしまった己の浅ましい欲望に、シュウは言葉を吐けないまま。ふと違和感を感じて自らの手に意識を向けた。
 どれだけ他人に自らの所業の理由を問い質されても、平然といなすことが出来るのがシュウの強みであった筈なのに、汗ばんでいる手。肘当てに載せている手のひらは、酷く熱かった。


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