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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

遠い或る日のクリスマス(後前)
アフタークリストフ!(三回目)

ただのんびりと過ぎてゆく時間を書くのも楽しいものです。ということで、期せずして初期のサイトに飾っていた文言を使う日がやってきました。何故、マサキが知っているのかについては、次の更新で明らかになります。ということで、本文をどうぞ。
<遠い或る日のクリスマス>
 
 レストランのある大通りからは二本ほど通りを奥に入ったところにある古書店に本を引き取りに行き、その代金を支払ったマサキは、移動遊園地が来ているらしい中央広場にシュウとともに向かった。
 大きめの洋菓子店のショーケース。中央広場へ向かう道の途中で見付けた三日月型のクッキー。バニレキプルファルンやクグロフだけでなく、手間の掛かるプティングまでもを扱っていたその店で、マサキはシュウに持たせる用にと、自分が覚えている限りのクリスマス菓子を買い求めた。
「プティングはイギリス、シュトーレンはドイツ、パネトーネはイタリア、クグロフはフランス、バニレキプルファルンはオーストリアとドイツのクリスマス菓子なんだってさ」
「これだけ国籍が豊かだと、クリスマス菓子で地上の旅行が出来そうですね」
 マサキに渡された紙袋を両手に抱えて、中を覗き込みながらシュウが云う。微笑ましい仕草だ。渡されたプレゼントの中身が気になって仕方がなくなる辺り、目の前のシュウがまだ九歳の子供なのだとマサキは思わずにいられない。
「プティングやシュトーレンは聞いたことがありますが、パネトーネやクグロフ、バニレキプルファンは初めて聞きました。パネトーネは似たようなパンを食べた覚えがありますけど、何が違うのですか?」
「ああ、何か似たようなパンがあるらしいな。ドライフルーツが入ってるか入っていないかの違いらしいけど、その程度で呼び名が変わっちまうなんてパンの世界も面倒だよ。西洋のクリスマス菓子ってどれもドライフルーツが入ってるみたいだけど、やっぱり特別な日のお祝いの菓子だからなのかね」
「この三日月型のクッキーがバニレキプルファンですよね。これぐらいでしょうか、ドライフルーが入っていないお菓子は。クリスマスの星飾りに似合いそうなクッキーです」
 夕暮れ間近のラングラン城下町は、徐々に街往く人々の顔ぶれを、これから訪れる夜へと相応しいものへと変えつつあった。街の所々で開店準備を始めている夜の店。これから賑わいをみせるその店先を抜け、人いきれを縫いながら先に足を進めつつ、マサキはクリスマス菓子に興味津々なシュウと言葉を交わす。
「クリスマスの星飾りか。見たことあるのか?」
「書いてもらった絵で見ました。街にそういった飾りが溢れるのがクリスマスだと。それにしても詳しいですね。紅茶の味がわからないと云っていた人と、とても同一人物とは思えない」
「お前と過ごすクリスマスの為に勉強したんだよ。俺は地上の人間だし、お前も地上に縁のある人間だ。どうせだったら国際色の豊かな食卓にしたいじゃないか」
「未来の僕は幸せものです。そんな風に考えてくれる人がいる」
「クグロフとバニレキプルファンは、その未来のお前に教わったんだけどな」
「なら、ちゃんと覚えておきますよ。あなたに教える為に」
 移動遊園地には沢山の人が群がっていた。ラングラン城下町に訪れる移動遊園地ともなると規模が違う。マサキが地上で子供の頃に遊んだ移動遊園地は手動で動かすおもちゃのような遊具がメインだったけれども、こちらの移動遊園地は小型の常設遊園地といった趣きで、シュウが乗りたいと云った観覧車などは、二人乗りとはいえ五階建てのビルぐらいの高さまであるのだから驚きだ。
 メリーゴーランドにコーヒーカップ。広場を走り抜ける小型機関車に、モーターサイクリング。その設置に三日ほどかけて、十日ほど営業を行う移動遊園地。昔は魔力を動力源として動かしていたらしいが、練金学の発展とともにその技術が使われるようになったと聞く。
 それでも夕暮れどき。人が群がっていると云っても昼間ほどの賑わいではないようで、観覧車は三十分ほど待っただけで乗れた。
「この観覧車に乗ってラングランの城下町を眺めてみたかったんです」
 膝に紙袋を載せてしゃんと座っているように見えても、そこは心待ちにしていた観覧車。どこか落ち着きのない様子のシュウは、ゴンドラに身を収めると早速とばかりに身を捩らせた。徐々に小さくなる建物の数々。ゆっくりと上ってゆくゴンドラに、それぞれ窓の外の景色に目を遣る。
「結構、高くまで上がるんだな。かなりの建物の屋根が下に見下ろせる」
「王宮も真正面に見られますしね」
「本当だ。この高さで王宮を見るのは初めてだ。しかも端まで見渡せる」
「城下町ですらこんなに広いのですから、世界はもっと広いのでしょうね」
 暫くの沈黙。ややあって、「僕はその世界が見たい」シュウはぽつりと呟いた。
 自由を求める籠の中の鳥だったと、シュウがかつての自分をそう表現したのをマサキが耳にしたのはいつのことだったか。シュテドニアスとの大戦が終わった後のことだっただろうか。マサキがふと思い立って、モニカとテリウスをいつまでも連れ歩く理由を訊ねてみた折に、「私と同じだからですよ」シュウはそう云って、自分の置かれていた環境にどうしようもない閉塞感を覚えていたのだと言葉を継いだ。
 それは幼い頃からシュウが感じていたものだったのだ。
 マサキにはわからない。栄華や栄光を全て手に入れられる立場にあった男の孤独がどれだけのものであったかなど。頼るべき能力を持たない人間からすれば恵まれた孤独。けれどもそれは、地底世界に頼れる縁《よすが》を持たない地上人操者たちにも云えることなのだ。
 自分たちは数多の他人に理解されない孤独を抱えて、この広大な地底世界で生きてゆく。時にお互い寄り添い、時にお互い慰め、時に反発し、時にともに歩みながら――……。マサキは手を伸ばして、下りゆくゴンドラの中。シュウの柔らかな髪を撫でた。
「見れるさ、シュウ。だから、未来のお前は俺に言葉を託したんだよ。“この幸福な未来の為に運命を決して諦めるな”ってな。大丈夫だ。お前は夢を叶える日が来る」
「その未来にあなたはいるのですね、マサキ」
「騒々しい仲間や使い魔もいれば、自分とともに世界を駆ける愛機だってあるぞ。金も時間もあるみたいだし、手に入れたかったものは全部手に入れたんじゃないか?」
「そうなのですね」シュウは微笑んだ。「なら諦めません。僕は僕の夢を獲得してみせる」
 観覧車から降りる頃には、ラングラン城下町は黄昏時の空に覆われてしまっていた。滲む街明かりが煌々と通りを照らし出す。その眩い光の洪水の中、「そろそろ帰りどきだな」マサキはシュウを彼の屋敷へと送り届けるべく、街の奥へと連れ立って歩き始めた。
「大事にしますね、この本」
「旅立ちの奇跡、だったっけ」
「そうです。グレーベンが記した素粒子の入門書なんですよ」
「素粒子か。未来のお前の書庫から探して読もうかと思ったんだけど、俺には難しそうだ」
「入門書ですから、あなたでも読めると思いますけれど」
「何度かチャレンジしてみたことはあったんだけどな。そういった本の内容は俺の頭では理解が及ばないらしい。これも天が与えた才能ってやつなんだろうな。俺の頭じゃ新聞やゴシップ誌や小説を読むのが精一杯だ」
「過去を知れば未来が見えるという例えの通り、科学を識ることは練金学を識ることに通じます。精神と技術と結び付ける奥深い練金学の世界を、僕はより深く知りたいと思っているんです。あなたにはそういった欲はない、マサキ?」
「あっても頭が追い付かないからなあ」
 マサキはシュウの頭を再び撫でた。年齢が幼い分、柔らかさを増している髪。指に絡むことなく抜けてゆくその髪を、マサキは心ゆくまで撫でた。
 自立心の強い少年には嫌気が差す行為ではあっただろう。けれども、シュウは不満を口にするでもなく、ただ黙ってマサキの手の動きに頭を委ねていた。それがマサキの気持ちを慮ったからこその態度であったのか、それとも年齢相応の子供らしさからくる態度なのか、マサキにはわからない。
 わからないけれども、幸福だ。マサキはそう思った。
「役割分担ってヤツだろ。才能ってものは世界にとって平等になるように分け与えられているもんだ」
「誰もが皆平等だと云わないところが現実的ですね」
「神様ってのは不平等な生き物なんだよ」
「キリストが教えを説いた神もそうなのでしょうかね」
「そうなんだろうな。ノアの方舟なんて選民思想の極地だって、人によっちゃ云われるしな」
「ノアの方舟?」
「後で調べてみるんだな」
 他愛ない会話を重ねながらも、やがては辿り着く屋敷。広大な敷地の奥に小さく灯る明かりの数々が、屋敷の賑わいを現している。「寄って行かれては?」としきりと勧めてくるシュウの誘いをマサキは断った。
 いつサイフィスの手によって元の時代に戻されるかわからない身なのだ。そうした突然に姿を消してしまいかねない自分がこの屋敷の世話になろうものなら、シュウ以外の人間にも迷惑を掛けてしまう事態になり兼ねない。だからこそ、今日は安宿を探して泊まると云ったマサキに、「明日の約束は出来ますか?」大事そうに紙袋を抱えたシュウはそう訊ねてきた。
「明日になってもこっちの時代にいたら、ここを訪ねるさ」
「お待ちしています」
 門を預かる兵士がシュウの為にその門を開く。「では、また未来に!」そう云って敷地内に足を踏み入れたシュウをマサキは呼び止めた。きっと、これが最初で最後の子供時代のシュウとの時間になるのだろう。気紛れな風の精霊サイフィスの性格を思い返しながら、マサキは怪訝そうに振り返ったシュウに云った。
「|In nomine patrie, et fili, et spiritu sancti. Amen.《父と子と精霊の御名において、アーメン》メリークリスマス、シュウ。良い夜を!」
 
 
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